研究紹介

ドバトの首の羽根が二色にしか見えない理由

2007と2008年に発表した論文、
J. Phys. Soc. Jpn. 76, 013801(4pages)(2007).
J. Phys. Soc. Jpn., 77, 124801(12pages)(2008).
に基づいて、ドバトの構造色について解説します。


 自然界の生物は驚くほど複雑な微細構造体を発色に利用しています。これらの緻密な構造体を作り出すのには、相当な手間がかかっていそうなのですが、波長選択反射といった物理現象のレベルを超えて、本当にコストに見合うだけの視覚効果を持っているのでしょうか。動物の色覚や認知が絡むこれらの質問に答えるのは容易ではありません。 しかし、ハトの羽根の構造色においては、物理機構と色覚が確かに関連し、両者の協同で独特な発色効果が生まれていることがわかりました。ここでは、その内容を報告した研究を紹介します。

  駅のホームや公園でよく見かけるハト(ドバト、Columba livia)の首は、緑色と紫色をしています。そのキラリとした輝きは、光の干渉が寄与していることを推測させます。しかし、その角度変化は奇妙に見えます。羽根を手に持って角度を変えながら観察すると緑に見えていた羽根(首の上側部分)の色は突然紫色に変化し(図1)、逆に紫に見えていた羽根(首の下側部分)は緑色に変化するのです。



図1 ドバトの首の羽根は怪しく色づいている


  一般に、干渉条件は波長と角度を関係付けるため、いわゆる”玉虫色(iridescence)”のような色変化を生じさせる原因になります。しかし、ドバトの羽根は、見える色が二色に限定されていたり、その間の移り変わりが急激なので、一見、干渉条件中の連続的な関係と矛盾するよう感じられます。この疑問に答えるために、ドバトの首の羽根の微細構造の観察と光学特性の詳しい評価を行いました。



図2 同じ羽根を角度を変えて撮影。
色が全く異なっている。

 一般に鳥の羽根は、羽根の軸(羽軸)から二回枝分かれをした構造を持っています。最初の枝は羽枝、次の小さな枝は小羽枝と呼ばれています。顕微鏡を用いてハトの羽根を観察すると、無数の小羽枝に鮮やかな色が見えるので、小羽枝に何らかの反射構造があることがわかります。小羽枝の典型的な大きさは長さ数百μm、幅数十μm、厚さ3μmくらいです。



図3 羽根の構造。鳥の羽根一般のように、二回の枝分かれ(羽枝と小羽枝)がある。


  図4のように走査型電子顕微鏡を用いて観察すると、小羽枝表面はほぼ平滑で色を生み出すような構造はありません。一方、断面には、三日月状に湾曲した袋状の構造の中に、複数の粒がみられます。この粒はメラニン色素を含む顆粒です。


図4 小羽枝の羽根の断面写真


  クジャクの羽根の場合には、この粒が規則的に配列して干渉を起こし鮮やかな色が生み出されます。しかし、ハトの羽根では、粒のサイズが不均一で、しかも配置は乱雑なので、着色の原因にはなりそうにもありません。このことは透過電顕を用いて確かめてあります。したがって、小羽枝の構造の中で、外皮の膜だけが唯一干渉を生じさせそうな構造です。その厚さは、およそ650nmくらいです。

 ドバトの羽根の反射特性を把握するため、反射光をスクリーン上に映す実験を行いました(図5)。 小羽枝一本を針先に接着剤で貼り付けて保持し、スクリーンにあけた小さな穴を通して白色光で試料を照射しています。スクリーンは90度に折り曲げてあります



図5 小羽枝一本からの反射光を90度に折り曲げたスクリーンに映して観察。

  この写真から二つの特徴が読み取れます。ひとつは、反射光が帯状に広がっていることです。これは反射が特定の面内にだけ広がっていることを意味します。この特徴は、小羽枝の断面が三日月状に湾曲していることで説明がつきます。湾曲のために光の反射方向が広げられるのです。

  もう一つの特徴は角度2θ=90°(θは反射角)付近で、緑から紫へ急激に色変化することです。この様子は、二色にしか見えない羽根の色変化を的確に再現しています


色変化を定量的に調べるために、いくつかの角度において反射スペクトルを測定しました。その結果、三角関数のようなスペクトル形状が得られました。これはまさに薄膜干渉のスペクトルの特徴です。実際、膜の厚さを650 nm、屈折率を1.5(羽根の材質はケラチンです)と仮定すると、実験で得られたスペクトル形状を良く再現することがわかりました。ハトの首の羽根はシャボン玉と同じ薄膜干渉で色づいているのです。

  ただし、膜がやや厚いために、可視光線の範囲で高次の干渉条件が満たされ、 複数のピークが現れるのが特徴です。じつはこの性質が二色に見える色変化に密接に関係があります。



図5 三つの反射角度で測定した反射スペクトル(左)と
薄膜干渉の理論曲線(右)


それではどうして、薄膜干渉という単純な物理現象が緑と紫に限定された特殊な色変化を示すのでしょうか。詳しい議論には人間の色覚を定量的に表現する色度座標(図6)を用いなければなりませんが、重要なのは三原色と反射スペクトルのピークの対応です。



図6 色度図. 観察角度を変えたときの色度座標(白丸)の変化。 無彩色領域をよぎってほぼ直線的に移動している。 この振る舞いは二色性を持つ色変化を再現している。

  図5のスペクトルを良く見ると、高次の薄膜干渉によるスペクトルのピーク間隔が、ちょうど赤色と青色を認知する感度曲線(等色関数と呼ばれます)の極大と対応しています。そのため、ある角度では赤と青の両方を同時に見ることになり、その混合として紫色が見えます。(バイオレットとパープルを区別するなら、パープルです。)

  一方、観察する角度が変化すると、複数の薄膜干渉のピークは同時にずれていくため、赤と青の色認識が同時に弱くなり、反対に残っていた緑との重なりが大きくなるので見えてくるのです。




図7 スペクトルを波数を横軸にプロット. 人間の三原色に対応する部分をおよその範囲としてマスクしてある。

  図7は反射スペクトルを横軸を波数にしてプロットしたものです。 一番上の角度では、色覚の緑と反射スペクトルのピークが重なり、羽根は緑に見えます。一方、下のグラフでは、赤と青に二つの反射ピークが重なっているので、この角度は紫色に見える角度です。

 ここまでの議論は人間の色覚を前提にしてきましたが、ドバト自身にはどのように見えるでしょうか。鳥の目は人間とは違い四原色であるといわれています。実は、過去に測定されている視物質の感度曲線から、四原色の色覚においても、同じように二色性が実現されていると推測されています。

  薄膜干渉という物理的にはもっともシンプルな発色構造ですが、厚さを適度に厚くすることで面白い色変化が生まれました。認知される“色”には、照明光、物体の反射、色覚の三つのスペクトルが関与しています。そのうち色覚は変化させようがありませんが、照明光のスペクトル形状、そして反射スペクトルに高次の干渉という要素を加えて工夫すると、ハトの羽根のような面白い発色材料がつくれるのかもしれません。


ドバトの構造色に関連して、このほかには

・二色性を持つ発色基板のデザイン
・色を再現するためのスペクトル変調光学系
・羽根全体の複雑な構造が持つ光学特性

についての研究を行いました。